ふくふくです。
朝ドラ「スカーレット」の戸田恵梨香が演じる主人公の川原喜美子のモデルとなった女性陶芸家の神山清子についてご存知でしょうか?
一体、神山清子がどんな作品を作っていたのか、紹介していきたいと思います。
また、神山清子の夫も陶芸家であり、子供(息子・娘)の現在についても気になります。
ということで、
今回は、神山清子について「作品紹介」、「陶芸家の夫のプロフィール」、「子供(息子・娘)の現在」、を調査していきます!!
神山清子のプロフィール!
生年月日:1936年8月2日
年齢:83歳
出身地:長崎県佐世保市
神山清子は、子供の頃から芸術が好きであり、絵画が特に好きだったようです。しかし、父の許しがもらえず美術学校には進学せずに、和洋裁学校に通いました。卒業後に陶器の絵付け助手をしたことがきっかけで陶芸家の世界に興味を持ち始めます。近江化学陶器に勤めた後は、27歳で独立し、工房をつくります。
そして、神山清子が陶芸で見せられたのが、自然釉(しぜんゆう)です。
自然釉(しぜんゆう)とは、釜の中で素地の表面に薪の灰が付着し、その灰が溶ける事で自然に釉となった仕上がりの事を言います。
参考:https://table-life.com/columns/post/572/
自然釉(しぜんゆう)の作品は、独特な色と形と不思議な光を発するのですが、昔は、自然釉薬を使った陶器を作るのは、非常に難しく、作品作りに成功するために5,6年という長い月日をかけました。
神山清子の作品作りでヒントになったのが、工房近くの古代穴窯から出土したすり鉢やつぼでした。
そこから試行錯誤の末に、独自の焼成方法で「信楽自然釉」作品を生み出します。これが、陶芸家としての礎となり、その後、スペインや台湾などで個展を開くほか、海外の展覧会にも出展するほどの陶芸家となりました。
昔の陶芸家の世界では、女性が窯に出入りするのを快く思わない風潮があり、神山清子は陶芸家として多くの苦労をしてきています。朝ドラ「スカーレット」ではそのあたりも見どころになりそうですね。
そして、なんと神山清子の窯元は、気軽に見学できます!
窯元:寸越窯(ずんごえがま)
場所:信楽町勅旨2202 (陶芸の森入口20m右側の赤い屋根の所)
定休日:不定休
電話:83-0259
参考HP:信楽町観光協会
しかも、信楽町観光協会のHPによると、神山清子が説明してくれるそうで、気軽にお問い合せ下さいとのことです。朝ドラのモデルになった方に、直接、作品について説明してもらえるなんて凄い経験ができそうです。
神山清子の作品紹介!
神山清子の作品は、現地の工房で購入することが出来るそうです。ただ、現地の工房で購入するときは、製作者である神山清子と直接交渉することになるでしょう。
他にも神山清子の作品を仕入れた店舗から購入することができます。
今日は #心斎橋暮らしのこっとう 10時からオープンです❣️
NHK朝の連続テレビ小説「スカーレット」見られましたか?
なんとニューヒロインモデル、神山清子作の信楽焼のぐい飲みが入荷いたしました![商品詳細]#神山清子 #ぐい呑 2019年朝ドラ #スカーレット 共箱 #信楽焼
30,000円(税込)
1点限定 pic.twitter.com/iws0XRx4pG— 心斎橋 暮らしのこっとう (@kurashinokotto) 2019年10月5日
また、ネットオークションでも1万円程度~30万円程度でお手軽に売っている作品もあれば、高い値段の作品もあったりして、ぴんきりですね。もしかしたら、朝ドラ「スカーレット」の影響で値段がさらに高くなるかもです。
神山清子の作品の特徴は、信楽の土を用い、釉薬(ゆうやく)は一滴もかけず、窯焚(かまたき)を2週間以上使います。
釉薬(ゆうやく)をかけると、ガラス質特有の光沢を得ることができ、様々な色や模様が得られるのですが、神山清子の作品では、釉薬なしで緑、白、赤、黄色などに輝きます。
ちなみに、最近は、神山清子・賢一親子展をやっていたそうですね。残念ながら2019年9月5日で終わってしまいました。
こないだの週末、「神山清子・賢一親子展」行ってきた♪
真ん中の壺が、スカーレット公式さんのアイコンに似てて可愛かった♪
他にも、釉薬使わないのにそれぞれいろんな色が出てて綺麗だったし好きなのがいっぱいあった(^ー^)#スカーレット #戸田恵梨香#神山清子 #信楽 pic.twitter.com/WQ80DbEh5c— すたっち☆ (@star_0825) 2019年9月4日
なんか、陶器が欲しくなってきますよね!ちなみに、神山清子の窯元のある信楽町では、信楽焼の陶器市が毎年行われています。詳細はこちらの関連記事で紹介しております↓
神山清子の陶芸家の夫のプロフィール!
生年月日:1936年5月
年齢:83歳
出身地:滋賀県信楽町
神山易久は、近江化学陶器に勤めていたころに同僚だった神山清子と1957年に結婚し、夫となりました。ただ、1974年には離婚してしまったようです。
神山清子と共に、寸越窯を作りに尽力してきたのですが、離婚してしまったのは驚きですね。
ちなみに、現在も国内外で個展を開きつつ、信楽焼の陶芸家として国際的に活躍しているそうで、信楽という共通点から、今でも神山清子と接点があるのかもしれません。
神山清子の子供(息子・娘)の現在!
神山清子と夫である神山易久の間には、子供が息子と娘の二人いました。第一子の娘である神山久美子と、第二子の息子である神山賢一です。
神山久美子の現在については、調べましたがわかりませんでした。とりあえず、結婚して秋田へ住み、男児と女児を出産しているそうです。
神山賢一は、残念ながら現在はおりません。神山賢一は、信楽工業高校卒業後に陶芸家として生きていきます。陶芸家である母親をライバル視して、釉薬を使う天目茶碗を作成していました。しかし、29歳の時に慢性骨髄性白血病となり、31歳でこの世をさります。
神山清子は、息子のために骨髄ドナーを探すのですが、当時は骨髄バンクなどなく、ドナー探しに苦労します。神山清子の妹である金場静子から骨髄を提供してもらい一時は回復に向かうのですが、その後再発し、そのまま亡くなってしまいました。この経験から、神山清子は、骨髄バンクを広める活動をしています。
まとめ
神山清子について「作品紹介」、「陶芸家の夫のプロフィール」、「子供(息子・娘)の現在」を調査しましたが、以下のことがわかりました。
というわけで、神山清子の作品紹介、陶芸家の夫のプロフィール、子供(息子・娘)の現在について述べていきましたがいかがでしたでしょうか。一度、神山清子の工房を訪ねて色々と作品作りについて尋ねてみたいものですね!
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